プロポーザル形式によるコンペへの参加を決めた時から、竹中工務店は社内の知見と経験を結集させて新スタジアムの建設に向き合ったという。サッカー専用スタジアムの新築工事は93年に竣工したカシマスタジアム以来だったこともあり、コンペはさまざまな国内スタジアムへの視察を繰り返したそうだ。
「実は私自身は、コンペ前の時点ではまだ一度も海外のスタジアムには足を運んでいなかったのですが、いざプレゼンテーションをする段になって『ヨーロッパスタイルのスタジアムを作る』ことを目指しているのに、自分が一度も見ていないようでは提案の言葉に熱が込められないと、1週間前に現地3泊の弾丸でスペインとドイツの、似たような規模のスタジアムを駆け足で回りました(川合)」
その熱意も実り、竹中が設計施工者に決まったのは前述したとおりだが、コンペ後も設計メンバーは、ドイツ、イングランド、スイスなど、敢えて規模や歴史が異なる海外のスタジアムに足を運んだと聞く。また国内でもJリーグクラブが利用する、ほぼすべてのスタジアムを訪れ、計画にその知見が反映された。
「社内で分担して、おそらくは当時、日本のサッカースタジアム事情について一番詳しいと胸を張れるほどに各地のスタジアムを見て回り、情報を共有していました(大平)」
ここで少しそのデザインについても触れてみる。設計のテーマは『ヨーロッパ仕様の、サッカーを最高に楽しめる最新のスタジアム』だったと聞くが、ローコスト、短工期での実現にあたってどんな工夫をこめたのだろうか。
<全容>
*建築面積24,695平方メートル(国内の同規模スタジアムに比べて最大40%縮小)40,000人収容のサッカー専用スタジアム。観客席が全て屋根でカバーされ、天候に左右されずに試合を観戦できる。一方、天然芝の生育への配慮から屋根の高さはギリギリまで低く抑えた。
*回遊式のコンコースはどの位置からでも壁などの障害物に遮られることなく、ピッチを見渡せる。タッチラインと観客席との距離は約7メートル。ゴールラインからは約10メートル。また天然芝の育成環境を考慮して、スタジアム全周にあらゆる方向の風をピッチに導く「風の道」を設けつつ、試合時には通風経路をシャッターで閉鎖することで、風の影響を受けないピッチ環境を確保した。
*屋根3面には太陽光発電パネルを搭載。定格500kWの発電能力を誇る。またスタジアムの大部分の電力を消費するピッチのナイター照明には、日本で初めて全面にLED照明を採用。スタジアム全体で約30%の節電に成功した。ボタンひとつで照明の点灯、消灯が可能になったことを受け、ナイトゲーム時の照明演出もできるようになった。また、屋根で受けたすべての雨水は地下ピットに貯め、観客用トイレの洗浄水や天然芝への散水に利用している。
*災害時には地域の防災拠点として救援物資配送センターとしての役割を担う。備蓄倉庫には常に有事を想定して飲食物を備蓄し、定期的に入れ替えを行なっている。避難所としては短期滞在800人、長期滞在300人を確保できる。
<観客席>
*ヨーロッパ基準の観戦環境を目指して、観客席は20〜35度の勾配を持つ3層構造(ホームゴール裏のみ2層構造)で成り立つ。各層の先端をバルコニー状に張り出させることで、上段席に座ってもピッチが近くに感じられる。コーナー部分にもすべて座席を設け、観客の声援が360度途切れない配置とすることで、まるで『劇場』にいるかのような臨場感を味わえる。また観客席の躯体はサッカー特有の『ジャンプ応援』による振動抑止と剛性確保、長期的な維持管理のしやすさなどから鉄筋コンクリート造(一部に超高強度コンクリートを使用)になっている。
*座席は、このスタジアムのために新たにデザインされた。これまでの座席は長期利用するにつれて風化が目立ったことを参考に、劣化しにくい素材を採用。クッション性能や保温性能も向上させている。10年が過ぎた今も、色落ちはもちろん、劣化もほぼ見られず、建設当時の状態を維持している。
ここに挙げたのはあくまで一部だが、問題はこれをどうやって約22ヶ月という限られた建設期間で竣工に漕ぎ着けたのか、だ。大きなポイントとしては、過去に例のない基礎工事も含めたプレキャストコンクリート(PCa)を全面的に導入したことにある。それによって通常必要な仮設工事の時間や費用を大幅に減らすことが可能となり、作業員も従来の85%も削減できたという。サッカーファンには耳馴染みのない専門用語が並ぶため、建築現場の総括作業所長・中野と作業所長の松尾に噛み砕いてもらう。
「本来、建築現場というのは強固な地盤と建物を繋ぐ『基礎工事』に一番時間を必要とするんです。簡単に説明すると、地面に杭を打ち込み、型枠にコンクリートを流し込んで建物の土台となる部分を作る、と。その工期を大幅に短縮させるため、今回は、あらかじめ工場でフーチング(杭と柱・基礎梁の接合部)と呼ばれる『ガンダムの頭』のようなコンクリートをたくさん作っておいたんです。それを現場に運び入れ、大型クレーン車でパズルを組むように杭頭にポン、ポンと被せていきました。要するにジョイント部分だけを現場で施工するとイメージしていただければと思います。それによって従来の半分以下の工期で、職方も本来、1日あたりで200〜300人必要なところを5〜6人で済ませることが可能になりました(中野)」
「基礎だけでなく、スタジアムのスタンドを支える、約20メートルの斜めの大梁も一体型のプレキャストコンクリートとしました。地上工事の最盛期には、1部材で最大100トンにも及ぶプレキャストコンクリートを揚重できる超大型の移動式クレーン車を配置しました。そのクレーン車であればスタジアム内を動き回らずして、最大で70メートル先に100トンのものを積んでくれますからね。少ない職方で効率的に工事が進められます。ただ、当時の日本にはその大型クレーン車が2台しかなく、大規模な火力発電所などの工事現場で引っ張りだこでしたから。仮にこちらの工期が遅れても、お構いなしに次の現場に行ってしまうという状況で…。仮に延長で使用するとなれば、ペナルティーを含め1日あたり数百万の負荷がかかるため、絶対に工期通りに進めなくちゃいけないと、背水の陣で働いていました(笑)(松尾)」
また、PCa化の導入は、人員削減や短工期、安全確保の実現に限らず、結果的に「細部にまで目が行き届いた、高品質のスタジアムを作ることにもつながった」と中野は胸を張る。完成後、新スタジアムは、日本の建築業界で最も栄誉ある日本建築学会賞(作品)、BCS賞をはじめとする数々の賞を受賞したが、そうした影には、現場はもちろん工場も含めた職方たちのこだわりが詰まっていることも忘れてはならない。
「たとえば、観客の皆さんが座るスタンド床は、工場製作のプレキャスト部材なのですが、床部材の裏側は、外から見たときに建物の外装材でもありますから。工場の左官屋さんには、その意識のもとで美しい仕上げになるように作業をしてもらうなど、工期がない中でも細部の細部までこだわり抜きました。そこにかかる1時間の労力を端折るかどうかで見た目の仕上げが全然変わってくるからです。なかなか皆さんには気づいていただけない部分だと思いますが、新スタジアムにはそういったこだわりというか、現場に携わった職方の愛情が随所に散りばめられているということも知っていただけると嬉しいです(松尾)」
加えて、そうした工事に拍車をかけたのが、14年の『三冠』だろう。1年でのJ1復帰を果たしたこの年、ガンバは序盤こそ苦しんだものの、ワールドカップによる中断期間を挟んで、5連勝と好スタートを切ると、以降も右肩上がりの戦いを続け、11月のJリーグナビスコカップ(現YBCルヴァンカップ)を皮切りに、J1リーグ戦、そして天皇杯で頂点に立ち、国内2チーム目となる『三冠』を実現する。
「試合に向けてチームバスがクラブハウスを出発するときは、工事の手を止め、職方みんなで手作りの旗を振って見送りをしたことも何度もありました。我々の思いが少しでも届けばという思いもありましたし、我々現場の職方もまたチームの皆さんからパワーをいただいていました(中野)」
その盛り上がりは、工事のみならず募金活動にも大きく拍車をかけ、シーズン終了後の14年12月に個人からの募金受付を終了した時点での募金額は、目標額にほど近い133億2000万に。さらに、すべての募金受付が終了した15年3月14日には助成金も合わせて目標額の『140億』を達成し、予定していたフルスペックでの建設が決定する。08年に本格的な新スタジアム構想が立ち上がって、足掛け約7年半。多くの人たちの想いと熱意が注がれた新スタジアムは15年9月30日、ようやく竣工に漕ぎ着けた。
(文中敬称略)
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高村美砂●取材・文 text by Takamura Misa
<市立吹田サッカースタジアム>
| 総事業費 | 14,085,665,383円 |
|---|---|
| 内訳 | |
| 法人 | 9,950,186,535円(721社) |
| 個人 | 622,152,091円(34,627人) |
| 助成金 |
3,513,326,757円 日本スポーツ振興センター「スポーツ振興くじ助成」
国土交通省「住宅・建築物省CO2先導事業」 環境省「自立・分散型低炭素エネルギー社会構築推進事業」 |
募金をいただいた多くの企業・個人の皆さまをはじめ、
関係各所のご支援、ご協力に改めて感謝申し上げます。