吹田市が吹田市教育委員会と連携して16年から開催している『市民ふれあい事業 夢と希望を広げる出会い〜未来への備え〜inスタジアム』。吹田市の小学4年生を対象に、サッカー教室や施設見学会をはじめ、『防災拠点』としての機能も備えるスタジアムでのダンボールベッドの体験など、毎年、約2,500名の子供たちが参加する一大イベントだ。それ以外にも吹田市は1月の『二十歳を祝う式典』や4月の吹田市職員の辞令式をパナスタで行うなど『サッカー』という枠組みを超えた、ユニークな取り組みを数多く展開してくれている。パナスタ建設時は環境アセスメントを担当していた、現吹田市長の後藤はいう。
「スタジアムに来る理由が『サッカーの試合』だとか『ガンバ』じゃなきゃいけないとなると、もしかしたら足が重くなる人もいるんじゃないかと思うんです。もちろん当初の名前の通り『サッカースタジアム』であることに嘘はなく、私もここはサッカーの聖地だと思っています。だからこそ、ここで他競技の世界大会を開催できないかという話が持ち上がった時もお断りさせていただきました。でも、一方で最初から『サッカー』という縛りがあることで、この素晴らしいスタジアムから足が遠のいてしまうようなことがあってはもったいないな、と。だからこそ『入り口』はなんでもいいから、まずはここに足を運び、パナスタを知ってもらう機会を作ろうと考えました。実際に来てみたら、きっと『おぉ、すごい!』と感じていただけるはずですし、そこから『また来たいな』『ここが満員になってサッカーをしているのって、どんな雰囲気なんかな?』『ガンバの試合を観に行ってみようかな』と思ってもらえたらもう、こっちのもんです(笑)。何を隠そう、私もそうでした。若い頃からテニス、野球という小さいボールの競技に惹かれていた私は、サッカーとは縁遠い生活を送ってきました。Jリーグが開幕した時ですら、心が動かなかったほどです。なのに、今は? パナスタができて、ここでサッカーを観るようになってからはサッカーの面白さにも目覚め『人はあんなにも走れるものなのか!』とか『サイドチェンジはなんて美しいんだ!』と試合のたびに感動しています。以前、キックインセレモニーでボールを蹴らせていただいた時には『あんなにも硬くて重いボールでヘディングまでするのか!』と驚きました。そんなふうに、足を踏み入れることで生まれるスタジアムへの興味とか、サッカーやガンバさんへの愛着はあると思うんです。いや、このスタジアムには間違いなくその魅力があるからこそ、万博の太陽の塔に並ぶ吹田のランドマーク的な存在として、これからも成長を続けていただきたいと思っています(後藤)」
先に書いた、吹田市民を対象にしたさまざまなイベントにも、実は『本物を見る』体験をして欲しいという後藤の想いが込められているそうだ。
「自分の幼少期を思い返しても、もしかしたら幼稚園生や、小学校低学年の子どもたちにはスタジアムの良さや凄さまではわからないかもしれません。ただ、僕はその年代で『本物を見る、本物に触れる』ことはすごく大事な体験だと思っています。子供の頃に『本物』を見た時の感動というか、『うわぁ!』と思わず口が開いたままになるような体験はいつか、その人の将来において何らかの影響を与えてくれることでしょう。実際、私自身も小学4年生の時だったか、音楽の先生が教室にチェンバロを持ち込んで、弾いてくれた時のことは鮮明に覚えています。当時はチェンバロという名前すら知らなかったのですが、先生が授業前にピアノのような古楽器を調音する姿を『なんや?』と思って見ていたら、急に演奏が始まって、聞いたことがない音が耳に届き『うわぁぁあ!』ですよ(笑)。あの音はいまだに忘れられません。それと同じでスポーツ、音楽でも、芸術でも『本物』を知ることが人生に与える影響は必ずあります。だからこそ、吹田市といたしましても『本物』のスタジアムを体感する、実際にピッチに立ってスタンドを見渡す、といった思い出を作るための仕掛けを今後も積極的に行っていこうと考えています(後藤)」
ここで、『防災拠点』としてパナスタが果たす役割にも触れておきたい。
第1章でも記した通り、防災機能を備えるパナスタは、災害時に地域の防災拠点として、救援物資配送センターとしての役割を担うことになっている。これは建設にあたって吹田市からの「スタジアムに防災機能を持たせてほしい」という要望を受けて実現したものだ。実際、18年に発生した大阪府北部地震の際にはホームタウンエリアで被災された方にシャワールームを無料開放。ガンバ大阪選手会がボディソープやシャンプーなどの備品を準備し、被災者に寄り添った。吹田市もその使命は常に意識しているという。
「災害が発生し、吹田市役所や吹田警察が被災して使えなくなった時を想定して、新スタジアムを警察、自衛隊が集まる防災施設の本拠地にしたいという話は建設の計画が始まった当初から吹田市の要望として伝えていました。これは、吹田市民の皆さんの安全を守ることはもちろん、もっと大規模な視野での活用を想定して、です。備蓄庫には常に有事のための飲食物を備蓄し、定期的に入れ替えを行なっていますが、これも吹田市だけのものとは考えていません。災害に市域境界はないと考えても、困った時にはお互い様だという思いはいつもあります。昨年発生した能登半島地震の際も吹田市から800名ほど人員を派遣し、復興支援に加わってもらいましたが、そうして様々な活動に従事し、危機管理を肌身で感じた経験は吹田市としての財産にもなっています。幸い、この10年は吹田市として、新スタジアムを防災拠点に使わなければいけないようなことは起きず、胸を撫で下ろしていますが、有事の時には必ずは過去の経験が活かされるんじゃないかと思っています(後藤)」
そんなふうにパナスタへの愛着を深めるための様々な取り組みが功を奏し、認知が少しずつ広がりを見せていた中で、『新型コロナウイルス』という難局に直面したのが、20、21年だ。当たり前としてきた日常が失われ、スタジアムやスポーツを取り巻く環境が大きく変化したことで、ガンバも大きな煽りを受けた。
事実、19年にはパナスタ史上最多となる471,034人を動員し、平均入場者数も27,708人を数えたのに対し、Jリーグのプロトコルに従って無観客試合(リモートマッチ)や上限人数を制限した有観客試合の開催を余儀なくされた20年のリーグ戦の平均入場者数は7,602人。さらに21年は5,346人とその数を減らしてしまう。21年の終盤にかけては少しずつ『スタジアムの日常』を取り戻していったにもかかわらず、だ。
19年に取締役副社長として着任し、20年には山内の後を継いで代表取締役社長に就任した小野忠史が振り返る。
「新型コロナウイルスが収束しても世の中はすぐにかつてのようには戻らないだろうと覚悟はしていました。実際、収容人数の上限が少しずつ増えていった21年も、常に満員というわけにはいかなかったことからも、今後はより観客離れが顕著になっていく可能性があるだろう、と。ただし、大変だ、大変だと言っているだけでは何も始まらないですから。そうした状況下でも経営を黒字に転じていくにはガンバで働く人の熱が不可欠だ、と。それがあれば面白い企画や仕掛けのアイデアも生まれるはずだし、その継続が必ず新たな熱を生むと思っていました(小野)」
そうした状況下、ガンバがクラブ創設30周年の節目に打ち出したのが、21年の『日本を代表するスポーツエクスペリエンスブランド』の実現に向けたブランディングだ。それに伴い、スタジアム離れをした人たちを取り戻すための策の1つとして『パナスタガンバ化プロジェクト』も始まった。
「クラブ30周年を迎えた21年を機に、クラブ、チームの現状を鑑みて『ガンバが変わる』という決意を明確に打ち出そうと、新たなブランドコンセプトとして目指すゴールを『日本を代表するスポーツエクスペリエンスブランド』に、ゴール達成のテーマに『BE THE HEAT,BE THE HEART』を掲げ、新エンブレムを発表しました。クラブとして今一度、我々が進むべき方向性、どんなフットボールを目指すのかという原点に立ち返り、いろんな側面からの見直しを図ろうという狙いもありました。それに伴い『ガンバが変わる』姿を示すべく、従業員にはさまざまな部署やチームで新たなプロジェクトを多数展開してもらい、ボトムアップを目指しました(小野)」
新マスコット『モフレム』を活用したグッズ開発をはじめ、集客プロジェクトやSDGsを意識した活動もその1つだ。また22年からスタジアム正面の壁面に登場した、縦11.4メートル、横6メートルの大型装飾『GAMBA WALL(ガンバウォール)』やクラブのブランドロゴ・エンブレムやテーマを採用した縦4メートル、横7.2メートルの装飾も、スタジアムに足を運ぶワクワク感を喚起するための取り組みだったという。
「着任時から、パナスタにいまひとつ『ガンバ色』が感じられなかったのがきっかけです。大阪モノレールの万博記念公園駅からパナスタに向かう道中にも、スタジアムに足を運ぶ高揚感を後押しするような仕掛けはほぼありませんでした。ですが、いろんなアウェイの地に足を運んでみると、クラブと地域の一体感を感じる、街をあげた仕掛けがいろいろと施されていて…。そこにヒントをもらい、外壁に所属選手の写真を掲げてみたり、従業員総出で万博公園駅の構内や電車の中に『ガンバ』を感じていただく仕掛けを増やしていきました(小野)」
中でも、22年にスタートした音楽とサッカーのコラボレーションイベント『ガンバソニック』や『モフレムデー』はコロナ禍以降に始まったイベントでは特にファンの心を掴む仕掛けになったと言っていい。事実、今年で3回目の開催となったJ1リーグ第19節・鹿島アントラーズ戦での『モフレムデー』には32,013人が来場し、賑わいを見せた。
「『モフレムデー』は、若い従業員が中心となって企画されたイベントで、年々人気が高まってきた印象があります。実際、企画内容も反省と成長を繰り返しながら、3回目の今年はプロジェクトチームが試合以外の付加価値として『どうすれば楽しんでもらえるのか』を細部まで考え抜いて形にしてくれました。もちろん、こうしたイベントは対戦カードの影響を受けるところもありますが『ガンバエキスポ』や『ガンバソニック』しかり、継続的に行うイベントほど、お客様にいかに新鮮な気持ちで楽しんでいただける内容をご提供できるかが肝になります。『モフレムデー』はまさにそこを追求した成果だと受け止めています(奥永)」
一方、パナスタもスタジアム独自の活用を模索する中で、22年には初めてライブ会場としての貸館を行い、藤井 風が『Fujii Kaze LOVE ALL SERVE ALL STADIUM LIVE』でパナスタを席巻。2日間で7万人を動員したこのライブは、スタジアムライブならではの臨場感を楽しんでもらうとともに、パナスタの魅力に触れてもらう機会の提供にも繋がった。
(文中敬称略)
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高村美砂●取材・文 text by Takamura Misa