宮本恒靖氏(日本サッカー協会会長)
トップチームの監督としてもパナスタのピッチに立った、日本サッカー協会会長の宮本恒靖氏
私が引退後、ジュニアユースコーチとしてガンバ大阪に復帰したのが2015年でした。その時にはすでにパナスタの工事が始まっていて、日々スタジアムが形づくられて行くのを横目に練習していたのを覚えています。ジュニアユースの選手たちにも「このスタジアムが完成した時には、ここでプレーできる選手になろう」というような話をしていて、選手たちもそれをモチベーションの1つにしてくれていました。
新スタジアムの構想が立ち上がった当時、「募金でスタジアムを作る」という計画を聞いた時は「本当に募金が集まるのかな」と思った記憶があります。数年後、自身のガンバ復帰が決まった時に当時の野呂輝久社長から「いよいよ、目標額が見えてきました」と伺った時は、新スタジアム建設のスキームに可能性を感じました。皆さんのスタジアムに対する想いを感じて「ガンバはすごく大きなパワーをもらってここで戦うことになるんだな」と心強く感じた記憶もあります。当時は、ガンバとしても2014年の三冠や翌年の天皇杯連覇など、右肩上がりで成長を続けていた時代で、そうしたこともスタジアム建設の機運を高めた要素の1つになったんじゃないかと思っています。
スタジアムが完成して、杮落としとなった名古屋グランパス戦の試合前にはOB戦にも出場させていただいて、試合もスタンドから観戦しました。ピッチに初めて立った印象は「青い!」ということ。ピッチからスタンドまでの距離が近く、座席もすべて青で統一されていて、ピッチに立つと360度、青い壁に囲まれるような感覚になりました。他のスタジアムではスタンドからチームカラーの迫力を感じることは少なかった分、インパクトがあったし、屋根で反響する声援の響きに迫力を感じました。2002年の日韓ワールドカップを機に、日本にもトラックのないサッカースタジアムが作られましたが、その中でも群を抜いて素晴らしいパナスタでプレーできる選手たちを羨ましく思いました。
杮落としマッチとなったPanasonic Cupには35,000人を超えるサポーターが詰めかけた
試合として印象に残っているのは、私がガンバユースの監督だった2016年に観た、實好礼忠さん(大阪学院大学サッカー部監督)が率いるガンバU-23の『U-23大阪ダービー』です。ガンバU-23としては初の大阪ダービーということも追い風に、8,000人強がパナスタに観戦に訪れていました。その中で、13分という早い時間帯に岩下敬輔が退場になるというアクシデントもありながら、先制して追いつかれ、でも追加点を上げて勝利に繋げた時のスタジアムの盛り上がりや、アカデミー出身選手がたくさんピッチに立って戦う姿を見て「ガンバの新しい時代が来たんだな」と思った記憶があります。
一方、私がトップチームの監督として初めてパナスタに立った2018年のJ1リーグ第18節・鹿島アントラーズ戦では、当時のチーム状況もあって、とにかく結果を出さなければいけないと必死だったので、スタジアムの雰囲気を味わう余裕はなかったというのも正直なところです。第21節・FC東京戦で、アディショナルタイムに決勝ゴールが決まって、パナスタでの初勝利を挙げた時の興奮は今でも鮮明に覚えています。最初で最後だったと思いますが、決勝ゴールの瞬間、ベンチを飛び出してピッチ際を猛ダッシュしたのを、警告を受けずに済んで良かったなという記憶と共によく覚えています(笑)。あの時のサポーターの皆さんの歓声や、地響きのような野太い声を耳にして、改めてパナスタを『ホームスタジアム』として戦う幸せを感じました。
また2019年の『大阪ダービー』も鮮明に覚えています。なかなかチームが結果を残せていない状況での特別な重みを持つ『大阪ダービー』で、システムも、メンバーも大きく変えて臨みましたが、35,861人を集めたスタジアムの熱狂と興奮にも背中を押してもらい、倉田秋のゴールで1-0で勝ち切れた時は思わずジャンプして喜んでいました。
パナスタが開業して10年が経ったということで、時の流れの早さに驚いています。ホームスタジアムとして使い始めた当初はゴール裏のサポーターの皆さんが中心となって、どこか手探りの中で新しい空気や世界観を作り上げようとしていた印象もありましたが、昨今のパナスタを見ているとより広範囲で、スタジアム全体でガンバを後押しする空気に成熟してきたようにも感じます。思えば、2018年のホーム最終戦セレモニーで私は「スタジアムの圧が相手チームにプレッシャーとなり勝ち切れる試合もあった」という話をさせていただきましたが、昨今はそういう試合が増えているのも、10年という時間を通して積み上げられたホームの力だと思っています。
パナスタが完成して以降、日本各地に新たなサッカースタジアムが完成し、今後も新たなスタジアム整備が計画されています。日本のスポーツ界でスタジアムやアリーナを核としてスポーツビジネスの発展が見られたことも、パナスタのケースが大きなターニングポイントのひとつになったのではないかと感じています。パナスタは地域の防災拠点としての役割も担っていますが、今後は各スタジアムがサッカーやスポーツを観戦する場所としてだけでなく、多目的に使用できるようなスタジアムに成長できれば、地域にとってもより有益な取り組みができる場所になっていけるのではないかとも思います。海外のスタジアムに目を向けると、一般の方が利用できる商業施設が入っていたり、映画館があったり、医療機関が入っていたりと様々な形のスタジアムがあります。日本でも特に都心ではない地域ほど、スタジアムがそうした機能を果たすのは理想的かもしれません。試合がない日も市民が日常的に使う場所だと認識されればスタジアムとしての更なる発展が期待できます。スタジアムは様々なポテンシャルを秘めています。今後もパナスタをはじめとする各スタジアムが、それぞれの地域で賑わい、発展することを期待しています。
パナスタの未来に期待することは、チームの『勝利』に他なりません。それがもたらす熱狂はスタジアムだからこそ味わえる醍醐味でしょう。ぜひ、たくさんの勝利をファン・サポーターの皆さんに届けてもらいたい。パナスタではまだ一度も『タイトル』がないと聞きました。タイトルを獲ることは簡単ではないですが、勝利を積み重ねた先に、大きな喜びを掴んでほしい。スペインのカンプ・ノウのように、たくさんのドラマ、感動を生み出しながら歴史に、人々の記憶に残るスタジアムとなることを願っています。